2013年2月アーカイブ

峯っ子だより 2月号

歌舞伎

  竹下 奈々代

clip_image002  1月中旬頃、七原明郎さんと会った時に「今年は裕唯ちゃんも日菜ちゃんも大役だからがんばって」と言われました。裕唯も日菜も口をそろえて「なんで裕唯なの?!」「なんで日菜なの?!」と言うばかり。私も歌舞伎の上手な子は他にもいるのになぜ選ばれたのかわかりませんでした。しかし、選ばれたからにはがんばってもらうしかないと思い、裕唯と日菜には「その役に合うだろうと選んでくれたのだからありがたくいただき、がんばるんだよ。」と伝えました。

台本をもらってきて台詞の多さにびっくりしました。こんなに多い台詞を覚えられるだろうか?! また所作もあり、できるのだろうか?!と心配でした。

稽古初日、裕唯、日菜は少し台詞を覚えたくらいで行きましたが、6年生の子は台本なしですらすら言える子もいて感心しました。さすが6年生!裕唯、日菜も見習ってほしいと思いました。「台詞をまず覚えなければ所作ができないので台詞をとにかく覚えて」と伝えました。

「こんなに沢山の台詞を覚えられない。」と愚痴る事もありましたが、一週間を過ぎる頃には台詞が言えるようになっていました。やる気になればできてしまうところがすごいなと思いました。

clip_image004 歌舞伎の練習に加えて習い事もあり、習い事は休むと振替がない為、内容が進むので自分だけ遅れてもかわいそうだと思い、なるべく習い事にも行かせていたので本当にハードスケジュールだったと思います。

所作も沢山あり、毎日覚えることばかり。練習から帰ってきてからも宿題がすめば、好きなゲームや遊びも我慢し、歌舞伎のビデオを見て所作を覚えるように努めていました。

本番の歌舞伎では裕唯、日菜も緊張して間違えたところもあったようですが、やりきった達成感の表情はきらきらと輝いてみえました。

お師匠さんをはじめ、地域のみなさん、先生にご指導いただき、裕唯、日菜が成長できたと思っています。本当にありがとうございました。また来年もご指導をよろしくお願いします。

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井の中の蛙大海を知らず、されど…

5・6年担任 村松 健太

「井の中の蛙大海を知らず」という言葉があります。この諺は『荘子・秋水』の「井蛙(せいあ)は以て海を語るべからざるは、虚に拘ればなり」という文に基づくものだそうです。現在でもよく使われる諺ですが、この言葉に続きがあるのをご存知でしょうか?中国にもともとあったものではなく、諸説ありますが、大正から昭和にかけての芸術家、河井寛次郎という方が文章の中で書いたものが、基になり、今でも表現を変えながら残っているらしいです。「井の中の蛙大海を知らず」その後にこう続きます、「されど、空の青さを知る」―――

4月、田峯小学校に赴任してきて、子どもたちと出会い、驚いたことの一つに、掃除についてがあります。掃除の時間中、集中して汚れと向かい、一心に学校をきれいにする。その姿に感動したので、さっそく子どもたちにそのことを伝えました。子どもたちの反応は期待に反して、困惑の表情。この先生は何を言っているんだ、と。戸惑う私に対して、6年生の子が止めの一言。「先生、そんなの当たり前じゃん」。

1年間田峯小学校で、子どもたちと過ごす中、ここにしかない、ここでしか経験できない素晴らしいものをたくさん見つけることができました。やるべきことを当然としてやることのできる子どもたち、一人ひとりが埋もれることなく参加できる様々な学習、温かく見守って下さる地域の人々、歌舞伎や田楽などの伝統行事、挙げればきりがありません。その中で過ごしている子どもたちにとっては「当たり前」のことだと思います。しかし、将来この地を離れ、外から自分たちの故郷を見たとき、その素晴らしさに気付く事でしょう。私自身も、15の齢に北設楽郡を離れ、今まで「当たり前」のようにあったものがない環境に身を置きました。別段自分の村が好きだったわけではなかったはずですが、いざ離れてみると、寂しさを感じました。町の中を建物に囲まれて歩いていると、いい所だったなぁと不意に故郷が恋しくなったことを覚えています。辛い時や苦しい時も、故郷での思い出は、ずっと私自身を支えてくれました。

clip_image006 広い海を目の前にすると、それに目を奪われてしまい、なかなか空を見上げることもないでしょう。狭い井戸の中だからこそ、頭上に広がる空の青さに気付くことができるのではないでしょうか。これからも子どもたちと一緒に、田峯の空の青さを見つけていきたいです。まだまだここには、1年間では気付けなかったものがたくさんありそうで、とても楽しみです。そして、子どもたちが、将来この地を離れたとしても、田峯で知った青い空を見上げ、上を向いて歩いて行ってくれたらなぁと思います。

井戸から出た蛙は、初めて見た海の広さに戸惑うかもしれません。ですが、きっと蛙は怯むことなく泳ぎだすことでしょう。井戸の中で知った空の青さを支えにして…

田峰観音奉納歌舞伎 「土蜘蛛」

アメリカ訪問の歌舞伎上演でお世話になっている佐藤先生が、田峯に1カ月ほど滞在されました。田峯小学校では、日米文化の違いや国際交流についてのお話をしていただいたり、書道や墨絵の授業をしていただきました。

佐藤先生の滞在には大きな目的がありました。それが、歌舞伎「土蜘蛛」を田峯の人たちに指導することでした。

2月12日田峯小学校の子どもたちは、初めて見る「土蜘蛛」をじっくり鑑賞しました。驚きと共に佐藤先生が指導された田峯の人や先生の方の演技を、1時間半あまり真剣に観ることができました。

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田峯観音奉納歌舞伎に出演しました

第四幕 絵本太功記十段目 尼崎閑居の場

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第五幕 義経千本桜 吉野山道行の場

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第三幕 伽羅先代萩 御殿政岡忠義の場

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第五幕 恋女房染分手綱 重の井子別れの場

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子ども歳時記 1月

ようこそ 田峯へ!佐藤昌三先生・平松裕さん歓迎会の開催

1月10日・14日

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歓迎式でスピーチをする佐藤先生

田峯小学校の8回のアメリカ訪問を現地で支えてくださっている佐藤昌三先生と平松裕さんが来峯されました。 お二人は、奉納歌舞伎の日までのひと月余り田峯に滞在され、谷高座の皆さんと一緒に歌舞伎「土蜘蛛」の初奉納をめざします。

この日は、谷高座をはじめ保護者・子どもたちも参加し、歓迎の意を表すと、お二人とも長旅の疲れも見せず、参加者の席を巡ったり、谷高座の皆さんと歌舞伎談義にさっそく花を咲かせたりして楽しいひとときを過ごされました。

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佐藤先生と平松さんに自己紹介をする子ども達

また、14日には、学校でもお二人と子どもたちとの対面の会を行いました。子どもたちは、第8回訪米時のお礼や歌舞伎の配役名を交えながら自己紹介をし、歓迎の気持ちを伝えることができました。初めは少し緊張した面持ちでしたが、一人一人に言葉かけをする佐藤先生の優しい人柄に接し、すっかり打ち解けていきました。

学校では、今後、「お話を聞く会」「墨絵を学ぶ会」を通して、佐藤先生や平松さんとの交流を深めていくことをお願いし、快く承諾していただきました。

歌舞伎奉納までのひと月は子どもたちにとって貴重な体験機会となることでしょう。

集合学習(スキー教室) 1月18日

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茶臼山スキー場でで、清嶺小学校の友達と一緒にスキー教室を行いました。氷点下11度、風は強いものの、遠く南アルプスの峰々がくっきりと眺められる好天に恵まれたなか、子どもたちは元気いっぱいスキーを楽しみました。

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★今年も、田峯小の大先輩、増岡秀好さんにスキー講師をお願いしました。子どもたちの技能をきちんと見極め、スキー場のインストラクターとはまた一味違った円熟味のある指導をしていただくことができ、子どもたちだけでなく、職員も大いに勉強になりました。増岡さん、寒い中、本当にありがとうございました。

歌舞伎稽古 いよいよ始まる 1月19日~

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3学期に入り、日増しに高まった歌舞伎の話題。それだけ歌舞伎は子どもたちにとって一大関心事でもあります。(実はわれわれ職員も戦々恐々としていましたが・・・)

「稽古始め」(19日)の日を皮切りに、20日余りの歌舞伎稽古がいよいよ始まりました。

今日4時からかぶきの練習がありました。「太十」は図書室でやったので、少しやりにくかったです。

やっていると、広大くんのお父さんから、「もっとお腹に力を入れて汗が出るくらい。」と言われました。動作もがにまたで大げさにやらなくてはなりません。わたしはまだ、がにまたさえできません。だから、もっと練習をしたいと思います。踊りのようなところも、ちゃんと手が止まっていませんでした。広大くんのお父さんがやるのを見るととてもかっこよかったです。わたしもかっこよくおどりができたらいいなと思います。せりふを言うときも、わたしはまだ「自分」という感じになっています。

本番までには、光秀のように強くどうどうとできるようにしたいと思います。これからもいろいろなことに気をつけて、光秀に近づいていけるようがんばりたいと思います。

(五年 竹下裕唯)

この前から、歌舞伎の練習が始まりました。私は、「操」という役と「花四天」の役をやります。

花四天は何回かやったことがありますが、所作を忘れてしまいました。特に、戦いの場面を忘れてしまいました。本番までには、戦っている感じを出して完ぺきにしたいと思います。

操という役は初めての役です。女の役をやったことがなかったので、できるか心配でした。内またで歩いたりするのはすごくむずかしいです。所作も女の人みたいにやらないといけないので気をつけたいと思います。

わたしがむずかしいなと思ったところは、階段から降りたところです。所作がたくさんあるので、早く覚えたいです。

二月には歌舞伎の本番があります。それなので所作やセリフをしっかりできるようにして、本番は、いい舞台にしたいです。

(五年 山本実乃里)

台本を手に取り見て目を白黒する職員を尻目に、淡々と台詞の確認をしていく子どもたち。峯っ子の本領を見る思いがしました。

今年の外題は、初上演の「土蜘蛛」を始めとする全六幕です。美満寿師匠、寿々女師匠に、佐藤昌三先生やお弟子さんのジェームズさんも指導に加わり、谷高座のみなさんと一緒に奉納歌舞伎をつくっていきます。

 

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奉納歌舞伎

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義経千本桜 吉野山道行きの場 (子ども歌舞伎)

★子供歌舞伎の集大成をめざす6年生3人の熱演をクラスメイトの5年生4人が力強く支えます。

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絵本太功記十段目尼崎閑居の場 子ども歌舞伎

★5年生の女子を中心に、勇ましい戦国時代の武将の雄々しい生きざまと悲哀を1~5年生で演じます。

 

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伽藍先代萩 御殿正岡忠義の場 子役として参加

 

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★世継ぎをめぐるお家騒動。千松が毒見役として殉じたことがきっかけに露見する確執を演じます。

恋女房染分手綱 重の井子別れの場 子役として参加

clip_image018★子役2人の境遇の対比を通し、我が子との再会に揺れる重の井の心情を細やかに描きます。

 

土(つち)蜘蛛(ぐも)

★佐藤先生演出による、「能」の演目を歌舞伎仕立てにした大作。谷高座の名優たちによる幽玄な舞いと大立ち回りにご期待下さい。

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佐藤昌三先生のお話を聞く会 1月22日

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佐藤先生との交流会の1回目として、お話を聞く会と質問の時間を設けました。先生は、峯っ子が続けているアメリカ訪問の意義を分かりやすく噛み砕きながらお話して下さいました。50分近い話でしたが、1年生から6年生までどの子もお話に聞き入り、去年のアメリカ訪問と重ね合わせたり次回訪問への期待を膨らませたりしていました。

「佐藤先生のお話」のあらまし

○日本人と外国の人の違いとは

日本人と外国の人は、外見だけでなく、それぞれの国に生まれ育つことで身についてきたものがちがいます。みなさんが、歌舞伎など田峯の文化を身につけながら「峯っ子らしく」なるように、世界からみれば、わたしたち日本人は、この国の文化に根ざした「日本人らしさ」を自に身にまといながら育っているのです。

○日本人らしさに目を向けて

アメリカは多民族国家ですから、まずアメリカ国民らしさを教え込まれます。でも、その上で、一人一人は自分らしさ(個性)も大切にしようとします。日本人のよさは、まじめで勤勉なこと。だから、自分たちのよさ(日本人らしさ)をもっと大事にしていけるとよいでしょう。

○わたしのアメリカ生活50年

30歳でアメリカに渡ったとき、アメリカの人から求められたことは「日本らしさ」。だから自分でも「日本文化」を強く意識するようになりました。また、孤児院の子どもたちに絵を教える中で、絵にはその子の中に流れる血(民族・文化)がはっきりと表れることに気付きました。それ以来、美術教育こそ自分の天職であると考え、勉強してきました。

○“知恵”という日本の資源を生かして

折り紙には、紙以外の道具を一切使わず様々な形を作りだすという、日本人の素晴らしいアイデア(知恵)がいっぱい込められおり、人工衛星を作るといった最先端の科学技術にも生かされています。日本には資源は少なくとも「頭脳」という世界に誇る資源があります。だからこそ、あなたがたにも日本の文化のよさに自信をもち、しっかりと身に付けていってほしいと思っています。

 

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アメリカでの暮らしぶりを話す平松さん

○歌舞伎の評判と課題

アメリカの子どもたちは田峯の子たちが歌舞伎を演じることを「信じられない」という目で見つめています。だから次の公演を楽しみにしています。ただ、多くのアメリカの人に観てもらいたくても時期や時間の問題など解決しなくてはならない問題がいっぱいあり頭を悩ませています。

○日本文化について

30年前にアメリカに渡ったとき、日本文化のことを何一つ説明できませんでした。アメリカで暮らすことで日本文化のよさに気づき、今では日本人としての生活スタイルを貫いています。

 

 

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はじめまして、ジェームズ・シャーマです。

日本やアジアの文化に興味をもち、大学で研究をし続けてきました。特に、「能」の静かな動きに関心があり、自分でも演じます。気に入っているのは「屋島」です。今は、佐藤先生の下で歌舞伎の勉強をしています。

今回、田峯に来られたことをとても嬉しく思っています。こうして歌舞伎の練習のお手伝いができることを光栄に思います。

 

子ども達の感想

○今日、2,3時間目に佐藤先生のお話を聞く会がありました。どんな話をしてくれるか楽しみでした。

先生の話はおもしろかったです。日本人とアメリカ人、白人と黒人とでは性格がちがうというお話がおもしろかったです。

佐藤先生のお話を聞いてアメリカに興味を持つことができました。それと、日本の伝統を考えるとおもしろいということがわかりました。話が聞けてよかったです。(5年 小川多貴)

○アメリカで生活して、日本のことを聞かれても大丈夫にするために。わたしも日本のことをもっと勉強していきたいです。 (4年 小川都規)

○アメリカのごはんは肉料理が多いことや、日本のマンガがアメリカでもはやっていることがわかりました。アメリカに行って交流するときは、かたくるしい顔じゃなくて、え顔で交流したいです。(2年 熊谷穂澄)

 

佐藤先生に「墨絵」を学ぶ会 1月31日

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「佐藤先生に学ぶ会」の第2弾として、墨絵に挑戦しました。先生は、実演を交えながら墨絵のよさや墨の濃淡を表わす工夫などを教えて下さいました。

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そして、子どもたちが挑んだ作品づくりの課題は、「竹」。若竹のようにすくすくと素直に育ってほしいという先生の思いも込められていました。

先生の筆さばきをまねようと意気込んだ子どもたちですが、見るとやるでは大違い。悪戦苦闘の2時間半があっという間に過ぎ去りました。

会の終わりには、子どもたち一人一人が、感想やお礼の言葉を発表しました。これも「墨絵の世界」にとっぷりと浸りこむことができた満足感からだったと思います。

佐藤先生、楽しい授業をしてくださり、本当にありがとうございました。

峯っ子だより 1月号

体 罰

PTA副会長 泉保和典

高校2年の夏休み、僕はバスケットボールの試合でコートに立っていました。

青ざめた顔で・・・

僕の通っていた高校はインターハイ常連校で、

「やる試合には全て勝つ、2位も一回戦負けも同じ」とは、OB、先輩から後輩へと脈々と言い継がれてきた言葉です。

つまり、そういう所なのです。

先輩後輩の縦社会も厳しい、練習も厳しい。監督のビンタが飛ぶのは当たり前で、蹴りやら、突きやら、ヤカンやら・・・

あ~、もう、いろんな物が飛んできました。

clip_image002なんて恐ろしい監督だと思うでしょ?

しかし、これらが飛ぶのにはある法則がありました。

それは、精神面での指導の時のみです。

技術面での指導の時には飛んできませんでした。

どんなにシュートを外しても、です。

実はこの試合当日、僕はユニフォームを忘れてきていました。

それはもう、こっ酷く叱られました。

殴られるかな?と思いましたが意外にも殴られませんでしたが、自分の責任だから今日は試合には出られないと言われました。

当然です。

試合開始直前、監督から後輩の大きい番号の入ったユニフォームを手渡されました。

僕のせいで一人後輩がベンチに入れませんでした。

その後輩に申し訳ない気持ちから、良いプレーを絶対にしなくてはいけないと思うプレシャーの中、立つはずではなかったコートに入って行きました。

しかし、硬さからか凡ミスを繰り返し、たまらず監督がチャージド・タイムアウト(作戦タイム)。

ベンチの椅子から立ち上がり、鬼の形相で待ち構える監督の前に僕は誰よりも先に駆け寄りました。

「殴られる」と思ったその時、強烈な監督の右の掌が僕の頬を直撃。

その瞬間、景色が真っ白になり意識が吹っ飛びました。

気が付くと、なぜか?僕と監督の間に審判が割って入っていました・・・

なぜ審判が横にいるのか分からないままベンチに下げられ、チームメイトに話を聞くと、相当数の強烈な左右のビンタが飛んだそうです。

「よく立っていられたな」と言われ、なんだか別のスポーツの会話のようでした。

チームメイトの活躍のお蔭で無事勝利し翌日の試合に駒を進めることができました。

翌日、試合前のアップをしていると、監督に呼ばれました。

「ん?今日はユニフォームを忘れてはいないぞ」と思いながら駆け寄ると、監督は僕に近寄ってきて掌を上にした両腕を僕の前に差し出しました。

見ると監督の両手首の内側は大きく紫色に内出血していました。

それを見て僕は、「僕も顎の感じが・・・」と言ってニヤリと笑うと、監督もニヤリと笑って何も言わず自分のベンチの椅子へと戻りました。

今、何かと話題な体罰ですが、そこに愛情があるかどうかだと思います。

多くの言葉よりも一発の痛みの方が多くのことを分からせてくれました。

あの時、監督が殴ってくれなかったら、それまで通りの僕と後輩の関係ではいられなかったかもしれません。

叩く手も痛いのです、いろんな意味で・・・

それは指導だと思います。

叩く手に痛みが伴わなければ、それは只の暴力だと思います。

体罰はお互いの信頼関係があって成り立つもので、その信頼関係は日々のコミュニケーションによって形成されるものなのです。

体罰の後には言葉や態度で何らかのフォローが必ずあったように思います。

殴られることは怖いと思いましたが、監督が怖いと思ったことはありません。

clip_image004僕が娘に激を飛ばしながら田峯の中をランニングしているところを見かけるかと思います。

体罰の指導を受けた人はそういった指導をするようになるというデータがあるのだとか。

いずれ僕も・・・

だ、田峯のみなさん!!

全くランニングに気合の入らない娘をビシバシやっているのを見かけたら、僕を止めてください!!

あの日の審判のように。

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地域の方に見守られて・・・

近藤 真弓

綾美が入学して、早6年がたとうとしています。地域の方や学校の先生方に見守っていただき、心も体もぐっと成長しました。

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〔歌舞伎〕今まで2度、子役(太郎吉・犬坊丸)をさせてもらいました。大人の演技者と交じって所作を覚えることができるのだろうか、たくさんの台詞を歌舞伎の台詞らしく言えるのだろうかと親も子もドキドキしていました。そして、台詞の言い方や所作で悩んでいると、いっしょに出演する地域の方が、「こんなふうに言うといいんだよ。」「この所作は、こういうふうにやるよ。」とできるようになるまで、分かりやすく教えてくれました。そのおかげもあって、本番では自分の満足のいく発表がなんとかでき、演じる面白さを味わいました。さらに、子役をやることで、大人の歌舞伎の迫力・演技のうまさを常に目の当たりにすることができ、歌舞伎に深く入り込むことができたように思いました。

また、アメリカへ行って歌舞伎を演じたり、アメリカの小学校と交流したりというアメリカ訪問という機会を与えて下さり、ありがとうございました。

〔登校では〕交通安全委員の竹下勇さんや竹下良三さん、駐在さんには、登校の様子を見守っていただきました。この方々だけでなく、さまざまなところで、登下校を見守って下さった地域の方。1年生の頃から安全に登校できたのも、こんなふうに見守って下さった地域の方のおかげです。

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〔いろいろな場面で〕地域の方に出会うと「綾ちゃん、元気?こないだがんばっとったね」と気にかけ、声をかけて下さいました。励まして下さってうれしかったです。

地域の方が温かく見守って下さったおかげで、こんなに成長することができました。6年間ありがとうございました。これからも、よろしくお願いします。